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もし自分がどんな人間として生まれるか全く知らない「無知のヴェール」の状態で社会のルールを決めるとしたら?公正な社会のあり方を問う思考実験。
この記事で抑えるべきポイント
- ✓ジョン・ロールズが提唱した「無知のヴェール」とは、自分の能力や社会的地位を全く知らない状態で社会のルールを決める、という思考実験のこと。
- ✓「無知のヴェール」の背後で人々が合意するのは、功利主義とは異なり、個人の基本的な自由を最優先し、社会の不平等を「最も恵まれない人」の利益になる場合にのみ認める「公正としての正義」である、という考え方。
- ✓ロールズが導き出した「正義の二原理」とは、①全ての人に平等な基本的自由を保障する「第一原理」と、②不平等は公正な機会均等の下で最も不遇な人々の利益を最大化する場合にのみ許されるとする「第二原理(格差原理)」から構成されること。
- ✓『正義論』は現代の社会契約論を再構築し、その後の政治哲学に大きな影響を与えた一方、個人の自由を重視するリバタリアニズムや、共同体の価値を重んじるコミュニタリアニズムなど、様々な立場から批判や検討の対象ともなっていること。
ジョン・ロールズと『正義論』―「無知のヴェール」とは何か
「もし、自分がどんな人間として生まれるか、才能や家柄、性別や人種さえも全く知らない『まっさらな状態』で、これから自分が生きる社会のルールを一から作れるとしたら、あなたならどんなルールを選びますか?」この究極の問いから始まるのが、20世紀で最も重要な政治哲学書の一つ、ジョン・ロールズの『正義論』です。この記事では、彼が提示した革新的な思考の道具を通じて、「公正な社会」の姿を解き明かす旅へとご案内します。
John Rawls and 'A Theory of Justice'—What is the 'Veil of Ignorance'?
"If you could create the rules of society from scratch, in a 'blank state' where you knew nothing about who you would be—not your talents, family background, gender, or even race—what kind of rules would you choose?" This ultimate question is the starting point for one of the most important works of 20th-century political philosophy, John Rawls's *A Theory of Justice*. This article will guide you on a journey to uncover the vision of a "just society" he presented through his innovative intellectual tools.
『正義論』はなぜ生まれたのか?―ロールズと功利主義の時代
ジョン・ロールズ(1921-2002)は、アメリカの政治哲学者です。彼が『正義論』を執筆した20世紀半ば、倫理学や政治哲学の世界では「最大多数の最大幸福」を掲げる功利主義(Utilitarianism)が主流でした。この考え方は、社会全体の幸福量を最大化することを目的としますが、そのためには一部の少数者の権利や幸福が犠牲にされることを容認しかねない、という重大な問題を抱えていました。ロールズは、このような功利主義の欠点を乗り越え、一人ひとりの尊厳を守るための新たな「正義(justice)」の理論を打ち立てることを目指したのです。
Why was 'A Theory of Justice' Born?—Rawls and the Age of Utilitarianism
John Rawls (1921-2002) was an American political philosopher. In the mid-20th century, when he wrote *A Theory of Justice*, the prevailing thought in ethics and political philosophy was Utilitarianism, which advocated for "the greatest happiness for the greatest number." While this idea aims to maximize the overall happiness of society, it carried a significant problem: it could potentially condone sacrificing the rights and happiness of a minority for the sake of the majority. Rawls aimed to overcome this flaw in utilitarianism and establish a new theory of justice that would protect the dignity of every individual.
思考実験の核心―「無知のヴェール」と「原初状態」
ロールズ理論の心臓部となるのが、「無知のヴェール(Veil of Ignorance)」という思考実験です。これは、人々が「原初状態(Original Position)」と呼ばれる架空の初期状況で社会の基本ルールを選択する、という設定です。このとき、参加者はヴェールによって、自分自身の性別、人種、才能、社会的地位、そして人生観に至るまで、あらゆる個人的な情報を知らされていません。なぜなら、もし自分の立場を知っていれば、誰もが自分に有利なルールを作ろうとするからです。情報を遮断することで、人々は特定の誰かのためではなく、普遍的に「公正さ(fairness)」を備えたルールを選択せざるを得なくなります。
The Core of the Thought Experiment—The 'Veil of Ignorance' and the 'Original Position'
At the heart of Rawls's theory is a thought experiment called the "Veil of Ignorance." This setup imagines people choosing the basic rules of society in a hypothetical initial situation known as the "Original Position." In this state, participants are behind a veil, unaware of any personal information about themselves, including their gender, race, talents, social status, and even their personal philosophy of life. Why? Because if people knew their own positions, they would naturally try to create rules that favored themselves. By blocking this information, people are forced to choose rules that are universally fair, rather than rules that benefit a specific group.
ヴェールの向こう側で合意される「正義の二原理」とは?
「無知のヴェール」の背後で、合理的な人々が全員一致で合意するであろうとロールズが考えたのが、以下の「正義の原理(principles of justice)」です。
What are the 'Two Principles of Justice' Agreed Upon Behind the Veil?
Rawls argued that rational people behind the "Veil of Ignorance" would unanimously agree on the following two principles of justice.
現代への影響と『正義論』への批判
ロールズの『正義論』は、現代の政治哲学を再興させ、法学や経済学にも絶大な影響を与えました。彼の理論は、現代の福祉国家が目指すべき理想的な「社会(society)」の姿を理論的に支えるものと見なされています。しかし、その影響力の大きさゆえに、様々な立場からの批判も呼び起こしました。例えば、個人の自由や所有権を絶対視するリバタリアン(自由至上主義者)は、格差原理に基づく富の再分配は個人の権利の侵害だと批判します。また、共同体の伝統や価値を重んじるコミュニタリアン(共同体主義者)は、ロールズの理論が個人をあまりに抽象的に捉えすぎていると指摘しました。
Influence on the Modern Era and Criticisms of 'A Theory of Justice'
Rawls's *A Theory of Justice* revived modern political philosophy and had a profound influence on law and economics. His theory is often seen as providing a theoretical foundation for the ideal society that modern welfare states strive to achieve. However, its immense influence also invited criticism from various perspectives. For example, libertarians, who prioritize individual liberty and property rights, criticize the redistribution of wealth based on the difference principle as a violation of individual rights. On the other hand, communitarians, who emphasize the traditions and values of the community, pointed out that Rawls's theory treats individuals in an overly abstract manner.
結論
ジョン・ロールズが提示した「無知のヴェール」は、単なる机上の空論ではありません。それは、私たちが税制や社会保障、教育格差といった現実の課題に向き合う際に、自らの偏見や利害関心から一度離れ、社会全体の公正さを考えるための強力な「思考の道具」です。あなたにとっての「正義」とは何か。この記事が、現代社会のあり方を改めて見つめ直すきっかけとなれば幸いです。
Conclusion
The "Veil of Ignorance" proposed by John Rawls is not merely an abstract theory. It is a powerful "tool for thought" that allows us to step away from our biases and self-interest when confronting real-world issues like taxation, social security, and educational disparities, and to consider the fairness of society as a whole. What does "justice" mean to you? We hope this article serves as an opportunity to re-examine the state of modern society.
テーマを理解する重要単語
bias
結論部分で、「無知のヴェール」が現代に持つ意義を説明するために使われています。この思考実験は、私たちが現実の問題を考える際に陥りがちな「自らの偏見や利害関心」から意識的に距離を置くための道具だと記事は述べます。この単語は、ロールズ哲学の実践的な価値を理解させてくれます。
文脈での用例:
The article was criticized for its political bias.
その記事は政治的な偏見があるとして批判された。
justice
記事のタイトルであり、核心テーマそのものです。ロールズが問い直したのは、この「正義」という概念でした。功利主義的な正義とは異なる、一人ひとりの尊厳を守るための「公正さとしての正義」とは何か。この単語の意味を考えること自体が、記事を読む体験と直結します。
文脈での用例:
The marchers were demanding social justice and equality for all.
デモ行進の参加者たちは、すべての人のための社会正義と平等を要求していた。
liberty
正義の第一原理で保障される「基本的な自由」を指します。一般的なfreedomよりも、政治的・社会的な権利として制度的に保障される自由というニュアンスが強い言葉です。ロールズがこれを何よりも優先した点を理解することが、彼の理論の階層構造を掴む上で不可欠となります。
文脈での用例:
The Statue of Liberty is a symbol of freedom.
自由の女神像は自由の象徴です。
justify
格差原理を説明する箇所で、「不平等が正当化される」という形で使われています。ある事柄がなぜ道徳的・論理的に正しいと言えるのか、その根拠を示す行為を指します。ロールズがどのような論理で格差を「正当化」するのかを追うことは、彼の理論の最も独創的な部分を理解することに繋がります。
文脈での用例:
He tried to justify his actions by explaining the difficult situation he was in.
彼は、自身が置かれていた困難な状況を説明することで、自らの行動を正当化しようとした。
abstract
コミュニタリアンからの批判を説明する上で不可欠な単語です。彼らはロールズ理論が個人を「あまりに抽象的に捉えすぎている」と指摘しました。これは、個人を社会的文脈から切り離された存在として扱うことへの批判です。「無知のヴェール」の思考法そのものへの根源的な問いを理解する鍵となります。
文脈での用例:
Justice and beauty are abstract concepts.
正義や美は抽象的な概念です。
philosophy
「政治哲学」として記事全体を貫くテーマです。ロールズの『正義論』が単なる政治論ではなく、人間や社会の根本原理を問う「哲学」であることを理解する上で不可欠な単語。彼の理論の学問的な位置づけや、それが持つ深い射程を捉えるための鍵となります。
文脈での用例:
He studied Greek philosophy and its influence on Western thought.
彼はギリシャ哲学と、それが西洋思想に与えた影響を研究した。
inequality
正義の第二原理が扱う中心テーマです。ロールズは全ての不平等を悪とは考えませんでした。この記事は、彼がどのような「社会的不平等や経済的不平等」を、どのような条件の下で許容されると考えたのかを解説しています。格差原理を理解するための出発点となる単語です。
文脈での用例:
The report highlights the growing inequality between the rich and the poor.
その報告書は富裕層と貧困層の間の拡大する不平等を浮き彫りにしている。
dignity
ロールズが功利主義を批判し、自らの理論で守ろうとした核心的な価値がこの「一人ひとりの尊厳」です。社会全体の幸福量を計算する功利主義が見過ごしがちな、個人の代替不可能な価値を示します。この記事における「正義」が、単なるルールの話ではなく、人間の根本的な価値に関わることを示唆しています。
文脈での用例:
It's important to treat all people with dignity and respect.
すべての人々に尊厳と敬意をもって接することが重要だ。
ignorance
ロールズ理論の心臓部、「無知のヴェール(Veil of Ignorance)」を構成する中心的な単語です。ここでの「無知」は、知識がないという否定的な意味ではなく、公平な判断を可能にするための意図的な「情報遮断」を指します。この特殊な文脈での意味を理解することが、思考実験の仕組みを把握する鍵です。
文脈での用例:
His decisions were based on ignorance of the true facts.
彼の決定は、真実を知らない無知に基づいていた。
hypothetical
ロールズの思考実験の性質を的確に表す単語です。彼が論を進める「原初状態」は現実には存在しない、あくまで理論を構築するための「架空の」設定です。この言葉は、ロールズの議論が現実の描写ではなく、公正さの原理を導き出すための思考の道具であることを理解する上で重要です。
文脈での用例:
Let's consider a hypothetical situation where you are the president.
あなたが大統領であるという仮定の状況を考えてみましょう。
unanimously
「無知のヴェール」の背後で、人々が正義の原理に「満場一致で」合意するとロールズが考えたことを示す単語です。多様な価値観を持つ人々が、なぜ特定の原理に合意できるのか。それは「無知」という特殊な条件がもたらす普遍性ゆえです。理論の説得力の源泉を理解する上で重要な言葉です。
文脈での用例:
The committee unanimously approved the proposal.
委員会はその提案を満場一致で承認した。
utilitarianism
ロールズが『正義論』で乗り越えようとした中心的な思想です。この言葉を知らなければ、なぜロールズが新たな理論を打ち立てる必要があったのか、その歴史的背景を理解できません。「最大多数の最大幸福」という理念とその問題点を押さえることが、記事の出発点を把握する鍵です。
文脈での用例:
His philosophy had a strong utilitarianism aspect.
彼の思想は、一種の功利主義的な側面を強く持っていたのです。
redistribution
格差原理の具体的な政策含意であり、リバタリアンからの批判点を理解する鍵です。「富の再分配」は、最も恵まれない人々の利益を最大化するという格差原理を社会で実現する手段の一つです。この言葉は、ロールズの抽象的な理論が、税制などの現実的な政治課題にどう繋がるかを示しています。
文脈での用例:
The government's policy focuses on the redistribution of wealth through taxation.
政府の政策は、税制を通じた富の再分配に焦点を当てている。