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『国富論』の著者でもあるスミスが探求した、人間社会の基盤となるsympathy(共感)のメカニズム。経済と倫理の深い関係。
この記事で抑えるべきポイント
- ✓アダム・スミスは「経済学の父」として有名ですが、彼の思想の根幹には『国富論』に先立つ主著『道徳感情論』で探求された倫理観が存在するという視点。
- ✓スミスが提唱した「共感(sympathy)」とは、単なる同情ではなく、想像力を用いて他者の立場に身を置き、その感情を追体験しようとする知的なプロセスであるという考え方。
- ✓道徳的な判断は、自分の心の中に「公平な観察者(impartial spectator)」という客観的な視点を設けることで、自己中心性を乗り越え、社会的な適切さが保たれるというメカニズム。
- ✓スミスの思想は、市場経済が機能するためには、参加者の間に「共感」を基盤とした道徳的な信頼関係が不可欠であることを示唆しており、現代の経済倫理にも通じるという見方。
アダム・スミス『道徳感情論』― なぜ人は他者に「共感」できるのか
「経済学の父」アダム・スミスと聞いて、多くの人が『国富論』と「見えざる手」を思い浮かべるでしょう。しかし、彼自身が生涯にわたって改訂を重ね、より深い愛着を抱いていたとされる著作が、実はもう一つ存在します。それが『道徳感情論』です。この記事では、「人はなぜ、どのようにして他者に共感できるのか」という根源的な問いを軸に、スミス思想の真髄と、経済と倫理の分かちがたい関係性に光を当てていきます。
Adam Smith's 'The Theory of Moral Sentiments' - Why Can People 'Sympathize' with Others?
When people hear the name Adam Smith, the "Father of Economics," most think of 'The Wealth of Nations' and the "invisible hand." However, there is another work that he himself revised throughout his life and is said to have held in deeper affection: 'The Theory of Moral Sentiments.' This article, centered on the fundamental question of "why and how people can sympathize with others," will shed light on the essence of Smith's thought and the inseparable relationship between economics and ethics.
『国富論』の影に隠れた、もう一つの主著
アダム・スミスが生きた18世紀のスコットランドは、啓蒙思想が花開いた知の黄金時代でした。『道徳感情論』は、有名な『国富論』よりも17年も早く、1759年に出版されました。この事実は、彼の経済思想が、人間性や社会倫理に関する深い洞察の上に築かれていたことを示唆しています。
Another Masterpiece, Hidden in the Shadow of 'The Wealth of Nations'
The 18th-century Scotland where Adam Smith lived was a golden age of intellect, where the Enlightenment flourished. 'The Theory of Moral Sentiments' was published in 1759, a full 17 years before the famous 'The Wealth of Nations.' This fact suggests that his economic thought was built upon a deep insight into human nature and social ethics.
想像力が鍵を握る「共感(sympathy)」の仕組み
本記事の核心、スミスが定義する「共感(sympathy)」とは、一体どのようなものなのでしょうか。それは、単に他者をかわいそうに思う感情的な同情とは一線を画します。スミスによれば、「共感(sympathy)」とは、私たちの「想像力(imagination)」を駆使して、他者の立場に身を置いてみること。そして、その状況における相手の感情が、社会的に見て「適切さ(propriety)」を備えているかを判断しようとする、極めて知的なプロセスなのです。
The Mechanism of 'Sympathy': Where Imagination Holds the Key
What exactly is the 'sympathy' defined by Smith, the core of this article? It is distinct from mere emotional pity for others. According to Smith, 'sympathy' is an extremely intellectual process of using our 'imagination' to place ourselves in another's position and then judging whether the other person's feelings possess social 'propriety' in that situation.
私たちの心に宿る裁判官―「公平な観察者」とは
では、私たちは自己の利益や激しい感情に流されることなく、道徳的な判断を下すことができるのでしょうか。この難しい問いに対し、スミスは「公平な観察者(impartial spectator)」という独創的な概念を提示しました。これは、私たちの心の中に存在する、利害関係のない中立的な第三者の視点です。
The Judge Within Our Hearts: What is the 'Impartial Spectator'?
So, can we make moral judgments without being swayed by our own interests or intense emotions? To this difficult question, Smith presented the original concept of the 'impartial spectator.' This is the viewpoint of an uninvolved, neutral third party that exists within our hearts.
現代に響くメッセージ:経済活動と倫理の統合
スミスの思想は、250年以上経った現代社会にも力強いメッセージを投げかけます。彼の考えによれば、自由な市場経済が円滑に機能するための大前提は、社会のメンバーが共通の「道徳哲学(moral philosophy)」に基づいた行動規範を共有していることです。ルールなき競争は、社会を破壊しかねません。
A Message for Modern Times: Integrating Economic Activity and Ethics
Smith's thought offers a powerful message even to our modern society, more than 250 years later. According to his thinking, the grand premise for a free market economy to function smoothly is that members of society share a code of conduct based on a common 'moral philosophy.' Competition without rules can destroy society.
結論
アダム・スミスは、単なる冷徹な経済学者ではありませんでした。彼は、人間社会がどのようにして成り立ち、どうすればより良くあれるのかを探求し続けた偉大な思想家だったのです。『道徳感情論』は、経済的な効率や利益の追求だけが社会のすべてではないことを教えてくれます。他者への「共感(sympathy)」という人間的な感情こそが、豊かで公正な社会を築くための揺るぎない礎なのです。この本を手に取ることは、私たち自身の心を見つめ直し、日々の行動を振り返るための、またとない機会となるでしょう。
Conclusion
Adam Smith was not merely a cold-hearted economist. He was a great thinker who relentlessly explored how human society is constituted and how it can be made better. 'The Theory of Moral Sentiments' teaches us that economic efficiency and the pursuit of profit are not all that society is about. The human emotion of 'sympathy' for others is the unshakable foundation for building a prosperous and just society. Picking up this book provides an unparalleled opportunity to look into our own hearts and reflect on our daily actions.
テーマを理解する重要単語
sympathy
本記事の最重要概念。アダム・スミスが定義する「共感」は、単なる同情ではなく、想像力を通じて他者の立場に身を置き、その感情の適切さを判断する知的なプロセスを指します。この単語の深い意味を理解することが、スミス思想の真髄と、経済と倫理の関係性を読み解く鍵となります。
文脈での用例:
I have great sympathy for the victims of the earthquake.
私はその地震の被災者に深い同情の念を抱いています。
premise
自由市場経済が円滑に機能するための「大前提」として、社会メンバーによる道徳規範の共有が必要だ、というスミスの主張を伝える重要な単語です。この記事では、スミスの経済思想が倫理という土台の上に築かれていることを示すために使われており、彼の思想の構造を理解する上で欠かせません。
文脈での用例:
His argument is based on a false premise.
彼の議論は誤った前提に基づいている。
foundation
記事の結論部分で、他者への「共感」こそが豊かで公正な社会を築くための「揺るぎない礎」である、というメッセージを力強く表現するために使われています。物理的な建物の「土台」だけでなく、社会や思想の「基礎」という抽象的な意味を理解することが、この記事の核心を掴む上で重要です。
文脈での用例:
Trust is the foundation of any strong relationship.
信頼はあらゆる強い関係の基礎です。
regulate
「公平な観察者」の是認を得るために、自らの言動を「律する」という、人間の内的な道徳作用を説明するために使われています。法的な「規制」だけでなく、自己をコントロールするという内面的な意味も持つことを理解すると、スミスが描いた道徳的判断のプロセスがより具体的にイメージできます。
文脈での用例:
The government passed a new law to regulate the banking industry.
政府は銀行業界を規制するための新しい法律を可決した。
spectator
スポーツの「観客」としてよく知られますが、この記事では「公平な観察者」の一部として、より抽象的な「観察者・傍観者」という意味で使われています。自分自身の行動を客観的に見る、もう一人の自分という概念を理解する上で重要です。この比喩的な用法を知ることで、表現の幅が広がります。
文脈での用例:
The game attracted over 40,000 spectators.
その試合は4万人以上の観客を集めた。
contradictory
『国富論』の「利己心」と『道徳感情論』の「共感」が、一般に「矛盾するもの」と見なされがちである、という通説を説明する際に用いられています。この単語は、スミスが実際には両者を対立概念と捉えていなかったという、記事の主要な論点を際立たせる役割を担っています。
文脈での用例:
We received contradictory reports about the incident.
私たちはその事件について矛盾した報告を受け取った。
impartial
記事の重要概念「公平な観察者(impartial spectator)」の核となる形容詞です。私たちの心の中に存在する、利害関係に左右されない「偏らない」第三者の視点を指します。この単語は、人間が自己中心性を乗り越え、道徳的な判断を下すメカニズムを説明する上で不可欠な要素です。
文脈での用例:
A judge must be impartial in their decisions.
裁判官は、その判決において公平でなければならない。
propriety
スミスが定義する「共感」のメカニズムを理解するための専門的な鍵語です。単に感情を共有するだけでなく、他者の感情がその状況において社会的に「適切さ」を備えているかを判断する、という知的なプロセスを指します。この単語が、スミスの言う「共感」が単なる同情ではないことを示しています。
文脈での用例:
He always behaves with the utmost propriety.
彼はいつもこの上なく礼儀正しく振る舞う。
resonate
物理的に「響く」という意味から転じて、思想やメッセージが人々の心に「共鳴する」という意味で使われています。250年以上前のスミスの思想が、現代のCSRやESG投資といった潮流と深く結びついていることを示す効果的な表現です。教養的な記事で頻出する、比喩的な用法として覚えておきたい単語です。
文脈での用例:
His speech resonated with the audience.
彼のスピーチは聴衆の心に響いた。
benevolence
社会を支える最低限の徳「正義(justice)」と対比される、より豊かな社会のための徳「慈愛」として登場します。正義が建物の「土台」なら、慈愛は「美しい装飾」というスミスの比喩を理解する上で必須の単語です。経済活動に倫理的な豊かさを求める現代の潮流ともつながる概念です。
文脈での用例:
The king was known for his benevolence and care for the poor.
その王は、慈悲深さと貧しい人々への配慮で知られていた。
inseparable
記事の序盤で「経済と倫理の分かちがたい関係性」を提示するために使われています。スミスの思想において、市場での利己的な行動と社会生活での共感に基づく行動は、対立するものではなく、人間社会を構成する上で密接に結びついているという核心的な主張を象徴する単語です。
文脈での用例:
In the minds of the public, the two issues are inseparable.
人々の心の中では、その二つの問題は分かちがたいものです。
coexist
「利己心」と「共感」という、一見矛盾する二つの性質が、人間の中で「両立してこそ社会は成り立つ」というスミスの思想を表現する重要な動詞です。この単語を理解することで、スミスが人間性を多面的に捉え、その複雑さ全体を肯定していたという、彼の思想の深さがより明確になります。
文脈での用例:
It is difficult for different cultures to coexist peacefully in the same region.
異なる文化が同じ地域で平和的に共存するのは難しい。
vicariously
「想像力によって相手の感情を擬似的に追体験する」という、「共感」の核心的なプロセスを非常に的確に表現する副詞です。他者の経験を直接はできないが、まるで自分のことのように感じるというニュアンスを捉えることで、スミスの「共感」論の繊細さと深さをより鮮明に理解することができます。
文脈での用例:
Parents often feel a vicarious thrill from their children's achievements.
親はしばしば、自分の子供の成功から、自分のことのようなスリルを感じる。