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敵対的な駆け引きではなく、互いの利益を最大化する「交渉術」。立場ではなく、interest(利害)に焦点を当てる、問題解決型のアプローチ。
この記事で抑えるべきポイント
- ✓従来の「駆け引き」や「勝ち負け」を前提とした交渉観とは異なり、ハーバード流交渉術は、対立を「共同で解決すべき問題」と捉えるアプローチを提唱しています。
- ✓交渉において相手が主張する表面的な「立場(Position)」の裏にある、真の「利害(Interest)」を理解し、そこに焦点を当てることが、賢明な合意への鍵であるとされています。
- ✓当事者双方の利害を満たす創造的な「選択肢(Options)」を複数検討し、合意のパイそのものを大きくすることを目指すという考え方があります。
- ✓交渉が決裂した場合の最善の代替案である「BATNA」を事前に把握しておくことで、不本意な合意を避け、交渉における心理的な安定を得ることができると指摘されています。
- ✓感情的な対立を避け、客観的な「基準(Criteria)」を用いることで、公平で持続可能な合意形成が可能になると考えられています。
「駆け引き」から「問題解決」へ:交渉観のパラダイムシフト
伝統的な交渉が、限られたパイを奪い合う「分配型交渉」と見なされるのに対し、ハーバード流は、パイ自体を大きくする「統合型交渉」という視点を提示します。これは、単なる駆け引きではなく、異なる利害を持つ二者以上が受諾可能な合意を目指すコミュニケーションプロセス、すなわち「交渉(negotiation)」そのものの捉え方を変えるものです。ここでは、敵対関係から協力的な問題解決者へと、当事者の関係性を再定義する「問題解決(problem-solving)」という考え方について解説します。
From "Bargaining" to "Problem-Solving": A Paradigm Shift in Negotiation
Whereas traditional negotiation is often seen as "distributive bargaining" over a limited pie, the Harvard method presents the perspective of "integrative bargaining," which seeks to expand the pie itself. This changes the very perception of negotiation, which is not just about bargaining but a communication process where two or more parties with different interests aim for an acceptable agreement. Here, we will explain the idea of problem-solving, which redefines the relationship between parties from adversaries to cooperative problem solvers.
原則1:人と問題を分離する
交渉が難航する一因として、相手への感情的な反発が問題そのものの解決を妨げることが挙げられます。このセクションでは、相手を「敵」ではなく「パートナー」と捉え、感情的な側面と実質的な問題を切り離して考えることの重要性について見ていきます。賢明な合意に至るためには、相手の意図を正確に理解し、こちらの考えを冷静に伝えるための円滑な「コミュニケーション(communication)」が不可欠です。
Principle 1: Separate the People from the Problem
One reason negotiations become difficult is that emotional reactions to the other party can hinder the resolution of the problem itself. In this section, we will look at the importance of viewing the other party not as an "enemy" but as a "partner," and separating the emotional aspects from the substantive issues. To reach a wise agreement, smooth communication is essential for accurately understanding the other party's intentions and calmly conveying our own thoughts.
原則2:立場(Position)ではなく利害(Interest)に焦点を当てる
ハーバード流交渉術の核心ともいえるのが、この原則です。交渉の場で当事者が具体的に主張する「立場(position)」、例えば「値引きしてほしい」という表面的な要求の裏には、「予算内に収めたい」「長期的な関係を築きたい」といった、より本質的な「利害(interest)」が存在する可能性があります。人々が特定の立場をとる背後にある、真の欲求や動機、懸念などを指すこの「利害(interest)」を探り当てることが、なぜブレークスルーを生むのかを考察します。
Principle 2: Focus on Interests, Not Positions
This principle is arguably the core of the Harvard negotiation method. Behind a party's stated position in a negotiation, such as a superficial demand for a "discount," there may be more fundamental interests, like "staying within budget" or "building a long-term relationship." We will consider why uncovering these interests—the true desires, motivations, and concerns behind a person's stance—can lead to a breakthrough.
原則3:互いの利益のため、選択肢(Options)を創造する
一つの解決策に固執するのではなく、双方の「利害(interest)」を満たす可能性のある「選択肢(option)」を、創造的に、そして数多く洗い出すプロセスです。ここでは、固定観念を捨てて多様な解決策を探るブレーンストーミング的なアプローチが、いかにして「Win-Win」の合意を導くかについて解説します。当事者間で協力して多様な「選択肢(options)」を考え出すことで、合意のパイそのものを大きくすることを目指します。
Principle 3: Invent Options for Mutual Gain
This is the process of creatively generating numerous options that could satisfy the interests of both parties, rather than clinging to a single solution. Here, we will explain how a brainstorming-like approach, which discards fixed ideas to explore diverse solutions, can lead to a Win-Win agreement. By cooperatively generating various options, the parties aim to enlarge the pie of the agreement itself.
原則4:客観的な基準(Criteria)を強調する
「自分の主張が正しい」という主観のぶつけ合いは、不毛な対立を生みがちです。そこで、市場価格、科学的データ、法律、前例といった、当事者の意思から独立した客観的な「基準(criteria)」を判断の拠り所とすることの有効性について考えます。これにより、公平で賢明な合意に至りやすくなります。ハーバード流が「Principled Negotiation」とも呼ばれるのは、こうした普遍的な「原則(principle)」に沿って交渉を進めるからです。
Principle 4: Insist on Using Objective Criteria
A clash of subjective claims that "my argument is right" tends to lead to fruitless conflict. Therefore, we will consider the effectiveness of using objective criteria—such as market value, scientific data, laws, and precedents—that are independent of the will of the parties, as a basis for judgment. This makes it easier to reach a fair and wise agreement. The Harvard method is also called "Principled Negotiation" because it proceeds along such universal principles.
交渉の生命線:BATNAを知る
BATNAとは「Best Alternative to a Negotiated Agreement」の略で、「交渉が決裂した場合の最善の代替案」を指す言葉です。交渉に臨む前に自らの「BATNA」を明確にすることで、不利な条件を安易に受け入れることを避け、自信を持って交渉に臨むための「安全網」となり得ます。この概念は、不本意な合意から自らを守り、交渉における心理的な安定を得るための戦略的な生命線と言えるでしょう。
The Lifeline of Negotiation: Know Your BATNA
BATNA stands for "Best Alternative to a Negotiated Agreement." By clarifying your own BATNA before entering a negotiation, you can avoid hastily accepting unfavorable terms and gain a "safety net" to negotiate with confidence. This concept is a strategic lifeline for protecting yourself from a bad agreement and gaining psychological stability in negotiations.
おわりに
ハーバード流交渉術は、単なる会話のテクニックではなく、対立を協調的な問題解決の機会へと転換するための思考法と言えるかもしれません。その「原則(principle)」は、ビジネスの現場だけでなく、家庭や地域社会、さらには国際関係といった、あらゆる人間関係の改善に応用しうる、普遍的な知恵を示唆しているのではないでしょうか。
Conclusion
The Harvard negotiation method may be described not merely as a set of conversational techniques, but as a way of thinking that transforms conflict into an opportunity for cooperative problem-solving. Its principles suggest a universal wisdom that can be applied to improve all human relationships, not only in business but also in the home, community, and even international relations.
テーマを理解する重要単語
mutual
「相互の」。この記事のゴールである「Win-Win」の本質を表す単語です。「mutual benefits(相互利益)」という形で、一方的ではない、双方にとって価値ある合意を目指すハーバード流交渉術の協調的な精神を象徴しています。
文脈での用例:
The project was a success due to our mutual efforts.
私たちの相互の努力のおかげで、プロジェクトは成功しました。
principle
「原則」。ハーバード流が「Principled Negotiation(原則に基づいた交渉)」と呼ばれる理由を説明する上で中心的な単語です。単なるテクニックではなく、普遍的に適用可能な行動規範や基本方針に沿って交渉を進めるという、その哲学的な土台を示唆しています。
文脈での用例:
He has high moral principles.
彼は高い道徳的信条を持っている。
interest
「利害」。交渉当事者が本当に満たしたい根源的な欲求や動機のことです。表面的な「立場」の背後にあるこれを探ることが、創造的な解決策を生む鍵とされます。ハーバード流交渉術の最重要概念であり、この記事の理論的な支柱をなしています。
文脈での用例:
A sudden rise in interest rates can have a huge impact on the economy.
急激な金利の上昇は、経済に巨大な影響を与えうる。
position
「立場」。交渉の場で当事者が公に主張する具体的な要求を指します。ハーバード流では、この表面的な「立場」の裏にある、より本質的な「利害(interest)」に目を向けるべきだと説いており、この二つの概念の区別は、交渉術の核心を理解する上で不可欠です。
文脈での用例:
What is your position on this issue?
この問題に対するあなたの立場はどうですか?
option
「選択肢」。この記事では、単一の解決策に固執せず、双方の利益を満たす可能性のある多様な解決策を指します。固定観念を捨てて「選択肢」を創造的に洗い出すプロセスが、Win-Winの合意、つまり「パイを大きくする」ことに繋がるという、第三原則の要諦です。
文脈での用例:
We have several options to choose from for our vacation destination.
休暇の行き先には、いくつか選択肢がある。
transform
「変容させる」。この記事の結論部で、ハーバード流交渉術が「対立を協調的な問題解決の機会へと転換する」思考法だと述べられています。この単語は、物事の本質や形を根本的に変える強いニュアンスを持ち、交渉術が持つ大きな可能性を表現しています。
文脈での用例:
The invention of the internet transformed how we communicate.
インターネットの発明は、私たちがコミュニケーションをとる方法を一変させた。
alternative
「代替案」。この記事では、交渉が決裂した場合に取れる最善の行動策「BATNA」の一部として登場します。この「代替案」を事前に明確化することが、不利な条件を飲まないための安全網となり、交渉における心理的な強さにつながることを示しています。
文脈での用例:
We need to find an alternative source of energy.
私たちは代替エネルギー源を見つける必要がある。
objective
「客観的な」。個人の主観や感情から独立していることを意味します。交渉において「客観的な基準(objective criteria)」を用いることで、不毛な主観のぶつけ合いを避け、公平で賢明な合意形成を促すという、第四原則の根幹をなす考え方です。
文脈での用例:
We need to make an objective decision based on the facts.
私たちは事実に基づいて客観的な決定を下す必要がある。
criteria
「基準」(criterionの複数形)。物事を判断・評価するための尺度を指します。市場価格や前例といった客観的な「基準」を交渉の拠り所とすることの重要性を説く第四原則を理解する上で欠かせません。これにより交渉に公平性と正当性がもたらされます。
文脈での用例:
Candidates will be judged based on a strict set of criteria.
候補者は一連の厳格な基準に基づいて審査される。
negotiation
「交渉」。この記事では、単なる駆け引きではなく、相互理解を通じて共通の利益を見出すコミュニケーションプロセスとして再定義されています。この単語の捉え方の変化が、ハーバード流交渉術の出発点であり、記事全体のテーマを理解する鍵となります。
文脈での用例:
After lengthy negotiations, they finally reached an agreement.
長引く交渉の末、彼らはついに合意に達しました。
paradigm shift
「パラダイムシフト」。ある分野で当然とされてきた認識が劇的に変化することを指します。この記事では、交渉を「駆け引き」から「問題解決」へと捉え直す根本的な発想の転換を指して使われており、ハーバード流の革新性を理解する上で重要な概念です。
文脈での用例:
The discovery of DNA was a major paradigm shift in biology.
DNAの発見は生物学における大きなパラダイムシフトでした。
substantive
「実質的な」。この記事では、感情的な側面と対比される「実質的な問題(substantive issues)」という形で登場します。「人と問題を分離する」という第一原則の核心であり、感情論に流されず、問題そのものに集中する重要性を示しています。
文脈での用例:
The meeting did not result in any substantive changes.
その会議は、何ら実質的な変更をもたらしませんでした。
zero-sum
「ゼロサム」。一方の得がそのまま他方の損になる状況を指します。伝統的な交渉観を象徴する言葉として登場し、ハーバード流が目指す「Win-Win」や「パイを大きくする」という考え方との対比を鮮明にしています。この記事の議論の前提を理解する上で不可欠です。
文脈での用例:
He viewed the competition as a zero-sum game, where there could only be one winner.
彼はその競争を、勝者が一人しかありえないゼロサムゲームだと見なしていた。
distributive
「分配の」。限られた資源(パイ)をどう分けるかに焦点が当たる交渉を「distributive bargaining」と呼びます。この記事では、ハーバード流が乗り越えようとする伝統的な交渉のあり方として紹介されており、「統合型(integrative)」との対比で理解することが肝要です。
文脈での用例:
The traditional salary negotiation is often a distributive bargaining process.
伝統的な給与交渉は、しばしば分配型の交渉プロセスとなる。
integrative
「統合的な」。異なる要素をまとめ、より大きな全体を作り出すニュアンスを持ちます。交渉の文脈では、双方の利益を組み合わせて全体のパイを大きくする「統合型交渉」を指し、この記事で提示される「Win-Win」を実現するための理想的な交渉モデルそのものです。
文脈での用例:
They took an integrative approach to problem-solving, combining ideas from everyone.
彼らは問題解決に対して統合的なアプローチを取り、全員のアイデアを組み合わせた。