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絶対的な真理はなく、何が正しいかは人それぞれ。そう説いた弁論術の教師ソフィストたち。彼らがなぜソクラテスに批判されたのかを考えます。
この記事で抑えるべきポイント
- ✓プロタゴゴラスの「人間は万物の尺度である」という言葉が、絶対的な真理を否定し、個人の主観や経験を重視する「相対主義」という思想を象徴するものであること。
- ✓ソフィストが、古代アテナイの民主政発展という社会背景において、市民が民会や法廷で自らを弁護し、他者を説得するための「弁論術」を教える専門家として需要が高まったこと。
- ✓ソフィストが「徳は教えられる」とし、知識や技術として報酬を得て教えたのに対し、ソクラテスは対話を通じて普遍的な真理を探究することこそが哲学であると考え、彼らの姿勢を批判したこと。
- ✓ソフィストの思想が、唯一絶対の正解を求めるのではなく、多様な価値観を認める現代の視点にも通じる可能性を秘めていること。
プロタゴラスとソフィスト ― 「人間は万物の尺度である」
「絶対的に『正しい』ことなんて、本当にあるのだろうか?」そんな根源的な問いを、今から2500年も前の古代ギリシャで投げかけた人物がいます。ソフィストの代表格、プロタゴラスです。彼の有名な言葉「人間は万物の尺度である」を入り口に、絶対的な真理はないと考えた彼らの思想と、それがなぜソクラテスに批判されたのか、その知的な対立の旅へとご案内します。
Protagoras and the Sophists — "Man is the measure of all things"
"Does anything 'absolutely' right truly exist?" It was Protagoras, a leading Sophist, who posed this fundamental question in ancient Greece 2,500 years ago. Through his famous words, "Man is the measure of all things," we will guide you on an intellectual journey into the ideas of those who believed in no absolute truth, and explore why their views were criticized by Socrates.
ソフィストとは何者か? ― 民主政アテナイが生んだ「知の教師」たち
紀元前5世紀の古代アテナイでは、市民が政治に参加する「民主政(democracy)」が花開きました。この体制下では、自らの意見を主張し、他者を説得する能力が極めて重要になります。特に、民会や法廷の場で自分を弁護し、有利な判断を勝ち取るための「弁論術(rhetoric)」の重要性は、日増しに高まっていきました。
Who Were the Sophists? — The "Masters of Knowledge" Born from Athenian Democracy
In the 5th century BC, Athens flourished under a system of government where citizens participated in politics, known as democracy. Under this system, the ability to assert one's own opinions and persuade others became extremely important. The significance of rhetoric, the art of effective speaking to defend oneself and win favorable judgments in courts and assemblies, grew day by day.
「人間は万物の尺度である」― プロタゴラスが説いた相対主義
ソフィストの中でも特に有名なプロタゴラスは、その思想を象徴する「人間は万物の尺度(measure)である」という言葉を残しました。これは、物事が存在するかどうか、それがどのようなものであるか、またその善し悪しは、それを判断する個々の人間によって決まる、という考え方です。「冷たい風」も、それを寒いと感じる人にとっては冷たく、心地よいと感じる人にとってはそうではありません。絶対的な基準は存在しないのです。
"Man is the measure of all things" — The Relativism Advocated by Protagoras
Protagoras, the most famous of the Sophists, left behind the phrase that symbolizes his thought: "Man is the measure of all things." This means that whether things exist, what they are like, and their goodness or badness are determined by the individual who judges them. A "cold wind" is cold to a person who feels it is cold, but not to someone who finds it pleasant. There is no absolute standard.
ソクラテスはなぜソフィストを批判したのか? ― 哲学の誕生
ソフィストたちのこうした思想に対し、真っ向から異を唱えたのが哲学者「ソクラテス(Socrates)」です。ソフィストが、時には詭弁を用いてでも相手を論破する弁論の「技術」を教えたのに対し、ソクラテスは「無知の知」を出発点としました。彼は、対話を通じて相手の持つ知識の不確かさを明らかにし、共に普遍的な善や真理とは何かを探究することこそが重要だと考えたのです。
Why Did Socrates Criticize the Sophists? — The Birth of Philosophy
It was the philosopher Socrates who directly challenged these ideas of the Sophists. While the Sophists taught the "technique" of argumentation, sometimes using sophistry to defeat an opponent, Socrates started from a place of "knowing that he knew nothing." He believed it was crucial to reveal the uncertainty of others' knowledge through dialogue and to jointly seek what universal good and truth are.
結論
ソフィストは、後世のプラトン(ソクラテスの弟子)らによって、真理を顧みない「詭弁家」という否定的なイメージで語られることも少なくありません。しかし、彼らが絶対的な真理の存在を疑い、多様な視点や価値観を認める相対主義的な考え方を提示したことは、思想史上の大きな転換点であったとも言えるでしょう。唯一絶対の正解を求めるのではなく、価値観が複雑化する現代において、他者の立場を理解し、異なる意見に耳を傾けることの重要性を、ソフィストの思想は2500年の時を超えて私たちに教えてくれるのかもしれません。
Conclusion
The Sophists have often been portrayed with a negative image as "sophists" or quibblers by later figures like Plato (a student of Socrates), who disregarded truth. However, their questioning of absolute truth and their presentation of relativistic ideas that acknowledge diverse perspectives and values can be seen as a major turning point in the history of thought. Perhaps the Sophists' ideas, across 2,500 years, teach us the importance of understanding others' positions and listening to different opinions in our modern world of complex values, rather than seeking a single, absolute answer.
テーマを理解する重要単語
persuade
民主政が花開いたアテナイで、なぜソフィストが求められたのかを理解する鍵となる動詞です。自らの意見を主張し、他者を「説得する」能力が社会的な成功に直結したという背景が、彼らの活動の土台にありました。単に話すのではなく、相手を動かすというニュアンスが重要です。
文脈での用例:
In ancient Athens, the ability to persuade others in the assembly was crucial.
古代アテナイでは、民会で他者を説得する能力が極めて重要でした。
acquire
ソフィストの教育観「徳は後天的に習得できる」を表現する動詞です。生まれつきの才能や身分ではなく、学習によって能力を「獲得できる」という彼らの主張は、当時の社会において画期的な思想でした。この記事におけるソフィストの革新性を理解する上で欠かせません。
文脈での用例:
He believed that essential skills for success could be acquired.
彼は、成功に不可欠なスキルは習得できるものだと信じていました。
commodity
ソクラテスがソフィストを「知の売春」とまで呼んで厳しく批判した理由を解き明かす単語です。彼らが知識を、対価と引き換えに提供される「商品」として扱ったことに対し、ソクラテスは強い嫌悪感を示しました。知性への向き合い方を巡る両者の根本的な断絶を象徴しています。
文脈での用例:
Oil is one of the most valuable commodities in the world.
石油は世界で最も価値のある商品の一つです。
measure
プロタゴラスの思想を象徴する「人間は万物の尺度である」という言葉の核となる単語です。物事の価値や真偽を判断する「基準」が、神のような超越的な存在ではなく、個々の人間にあるという彼の相対主義を端的に示しています。この記事の議論の出発点となる最重要語です。
文脈での用例:
Protagoras's famous phrase is "Man is the measure of all things."
プロタゴラスの有名な言葉は「人間は万物の尺度である」です。
universal
ソクラテスが探求した真理の性質を表す形容詞です。個々の主観や状況によって変わる相対的なものではなく、誰もが納得する「普遍的な」善や真理を目指した彼の姿勢を示します。プロタゴラスの相対主義(relativism)と真っ向から対立する概念として、この記事の対立構造を理解する上で重要です。
文脈での用例:
The desire for happiness is a universal human feeling.
幸福への願いは、人類に普遍的な感情である。
virtue
日本語の「徳」にあたりますが、古代ギリシャでは「(特定の目的を達成するための)卓越性、能力」という意味合いも持ちます。ソフィストがこれを「教育で習得可能」としたのに対し、ソクラテスはその本質自体を問い続けました。両者の思想的立場の違いを象徴する重要な概念です。
文脈での用例:
For the Romans, courage in the face of death was a great virtue.
ローマ人にとって、死に直面した際の勇気は偉大な美徳でした。
philosophy
ソクラテスの知的な営みそのものを指す言葉です。この記事では、ソフィストが教える実用的な「弁論術(rhetoric)」と明確に対比されています。金銭のためではなく、純粋に知を愛し、普遍的な真理を探究する姿勢こそが「哲学」であるというソクラテスの立場を明確に示します。
文脈での用例:
He studied Greek philosophy and its influence on Western thought.
彼はギリシャ哲学と、それが西洋思想に与えた影響を研究した。
absolute
「絶対的な真理」の有無が、この記事の根幹をなすテーマです。プロタゴラスがその存在を否定し、ソクラテスが普遍的な真理を探求したという思想的対立を理解する上で不可欠な単語です。この言葉が、二つの異なる知性のあり方を分かつ境界線となっています。
文脈での用例:
Protagoras questioned the existence of absolute truth.
プロタゴラスは、絶対的な真理の存在を疑いました。
rhetoric
ソフィストが教えた中心的技術である「弁論術」を指します。この記事では、ソクラテスが追求した真理探究としての「哲学」と対比される概念として登場します。相手を論破し、有利な判断を勝ち取るための実践的な技術という側面が、ソフィストの性格を物語っています。
文脈での用例:
The politician's speech was full of powerful rhetoric but lacked substance.
その政治家の演説は力強いレトリックに満ちていたが、中身がなかった。
relativism
プロタゴラスの思想を的確に表す哲学用語です。絶対的な真理や価値基準は存在せず、すべては個人や文化に依存して相対的に決まるという考え方です。この記事の核心であり、ソクラテスがなぜ彼らを批判したのか、その対立の構図を理解するためのキーワードとなります。
文脈での用例:
His philosophy is known as relativism, which denies any absolute truths.
彼の哲学は、いかなる絶対的真理をも否定する相対主義として知られています。
subjectivity
プロタゴラスの相対主義を支える根幹の概念です。物事の善し悪しや真偽は、客観的な事実ではなく個人の「主観」によって決まる、という考え方を示します。「冷たい風」の例が示すように、彼の思想を具体的に理解するために重要な役割を果たしています。
文脈での用例:
Relativism emphasizes human subjectivity as the basis for all judgments.
相対主義は、あらゆる判断の基準として人間の主観性を強調します。
transcendent
プロタゴラスが登場する以前の、伝統的な真理観を説明する上で重要な形容詞です。神々や自然といった「人間を超越した存在」の中に不変の真理を求める考え方と対比することで、人間の主観を基準としたプロタゴラスの思想がいかに革命的であったかが浮き彫りになります。
文脈での用例:
Socrates sought a truth that was transcendent, beyond individual opinions.
ソクラテスは個人の意見を超えた、超越的な真理を探し求めました。